ハンセン病問題研究会

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ハンセン病療養所における「胎児標本」および病理標本についての申し入れ及び質問書

2006年10月3日

厚生労働大臣 柳沢伯夫様
厚生労働省医政局国立病院課長 関山昌人様
厚生労働省健康局疾病対策課長 梅田珠実様

ハンセン病問題研究会世話人代表 村岡潔
連絡先 ***************


ハンセン病療養所における「胎児標本」および病理標本についての申し入れ及び質問書


  私たち「ハンセン病問題研究会」は、昨年12月20日以来、3回にわたって貴職に要望書を提出し、ハンセン病療養所において多くの胎児や新生児が抹殺さ れ、あるいは多数の入所者の遺体が解剖されて標本となって放置されるにいたった経緯やその研究利用の実態等について、国の責任において調査・解明をするよ う求めてきました。
  マスコミ報道や全療協ニュース7月号(第911号)などによると、6月14日、川崎二郎・前厚生労働大臣は入所者自治会代表らとの予算交渉の席において、 「多くの胎児標本、病理標本等がハンセン病療養所に、今なお、置かれていることについては、ハンセン病患者そしてご家族の方々が多大なる精神的苦痛を受け たことを思慮され、まことに遺憾とするところであり」「心からお詫びを申し上げたい」と謝罪し、「胎児標本は一体ごとに丁寧な供養を実施するよう指示し た」とあります。また、病理標本については、管理規定の整備や職員の医療倫理研修などを実施し、再発防止策を図ると弁明したと伝えられています。
  しかしながら、「ハンセン病問題に関する検証会議」による「胎児等標本調査結果報告書」(以下、検証会議報告書)の中で、生産児の可能性がある標本につい てその死因を究明するために実施するよう提言していた「検視の申し出や異状死体の届出」は行わないとし、現存する29体もの妊娠8ヶ月(32週)を過ぎた 胎児標本に関しても、なぜ、あるいは、どのようにしてホルマリン漬けにされたのかについての実態解明への手立ても明示しないまま、「供養」の名のもとに松 丘保養園、多磨全生園などでは既に火葬・焼却され、慰霊祭が行われ、残存する園でもそれに続いているということです。しかも、こうした慰霊祭では、生産児 を殺されたという証言が相当数あるにもかかわらず、「生まれることなく亡くなった子供達のための」あるいは「生まれることなく亡くなった御子達の」と、あ たかも生産児の殺害は存在しなかったかのような表現が使われています。
 さらに多量の病理標本や手術摘出材料が作成・放置された経緯や、研究材料としての利用実態等についての調査・検証がなされないまま、「病理標本等管理規定研究班会議」による療養所の病理標本管理規定を制定・整備することは、これらの問題を不問に帰すことでもあります。
  長年にわたって行われてきた未曾有の人権侵害を二度と起こさぬよう具体的方策を講じるためには、ハンセン病者への強制隔離・絶滅・優生政策のもとに強制的 に行われた断種・堕胎や遺体解剖について詳細な事実を調査・検証すること、そして国・療養所・関係医療機関が共同して行った組織犯罪の全容を解明し、責任 の所在を明らかにすることが不可欠です。 それゆえ、私たちは以下の点を強く要請するとともに質問に対する回答を10月末日までに下さるように要求しま す。

1 療養所での新生児殺し・強制堕胎の実相および胎児標本の医学研究への利用実態を詳細に解明することについて

 療養所内での中絶や出産、その後の処置について、以下の3項目について、入所者やその家族、退所者、医師・看護師はじめ退職者を含む療養所職員、関係者への詳細な聞き取り調査や、療養所および関係する行政機関に残された文書等を詳細に調査し、公表することを求めます。

(1)胎児標本の全体像の把握について
検証会議報告書では、残存する胎児標本は計114体と発表されていますが、6月14日の交渉後のマスコミ報道では1体が増え、計115体となっています。
  同報告書で松丘保養園では1体と報告されているにもかかわらず、先般のマスコミ報道によると松丘保養園では2体が8月23日に火葬焼却され、同月25日に 供養・慰霊されたとあります。この増えた1体は、どのような経過で発見されなかったのでしょうか。また、どういう経過で発見されたのでしようか。
  さらに、同報告書では、国立感染症研究所ハンセン病研究センターは2体と報告されており、うち1体は栗生楽泉園のものだとして同園に返還されたと報道され ています。残りの1体は、9月27日の多磨全生園での慰霊祭で供養されたと報道がありますが、これは、どの園(療養所)のものだったのでしようか。上記と 合わせお答えください。
 検証会議の調査時点で胎児標本が存在しなかった、あるいは既に「処分」したとされる療養所についての調査も含めて、国・厚労省として、こうした数の正確な数値を含め、事件の全体像をきちんと把握するため、調査を行い、明らかになった事実を文書にして公開してください。

(2)胎児標本の医学研究への利用について
  また、胎児標本や解剖標本は医学研究に供されたのでしょうか。もしそうだとしたら、その証拠となる研究発表・論文について全部を把握し、各々の論文題目と抄録と所在場所名(療養所名・図書館名等)を報告書にまとめて公表してください。
 胎児標本の研究材料としての利用のされ方、外部研究機関への持ち出しおよび持ち出された胎児標本の現存の可否や処分の実態について厚労省として調査する意向はありますか。

(3)強制堕胎を受けた女性の被害について
  強制堕胎は、当時の劣悪な医療環境(不衛生な手術場、頻繁に行われた産科医以外の医師による施術、医療機器や医薬品の絶対的不足など)のもと、臨月に近い 妊婦も含む女性たちを対象に行われました。その上、術後の適切なフォローも行われなかったため、強制堕胎のために死亡したり、重篤な後遺症(多量出血や感 染症、施術を原因とする婦人科疾患など)に苦しんだり、原病の症状がさらに悪化した女性も多数存在したと思われます。
  実際、最近になって自らが受けた強制堕胎について語り始めた入所者らは、手術後に生死の間をさまよい、重い後遺症に苦しんだ事実を明らかにしています。検 証会議報告書(国立療養所入所者調査)の中でも、「堕胎による母体への危険」として「2回目の時は、出血がひどく、もうだめかと思った」「3回妊娠した。 医師の処置が悪かったのか、なかなかおりなかった」という声を報告しています。  
 堕胎が原因と考えられる死亡者数を調査し明らかにすること、および、強制堕胎を受けた女性の被害実態について詳細に調査し公表することを求めます。


2 入所者の死後解剖の経緯、病理標本作成・保存や研究材料としての利用の実態について、詳細に調査することについて

  多くの証言で明らかにされているように、療養所への入所者は、入所時に「解剖承諾書」の提出が求められ、所内で死亡すれば有無を言わせず病理解剖されるこ とになっていたといわれています。検証会議報告書でも、「入所者には入所時に『解剖承諾書』への署名が強要され、所内での死亡イコール病理解剖という図式 も定着してしまった」「半数以上の療養所で1980年ごろまで、ほぼ全死亡例への病理解剖が継続されている」と述べています。このような中で作成され、野 ざらし状態で放置された2000体(後述)を超える臓器など病理標本の存在は、まさに、生前はおろか死後にいたるまで、入所者が人としての尊厳を踏みにじ られ続けた事実を体現するものです。
  今、早急に行わなければならないのは、入所者の死後解剖の実情、病理標本作成と保存の経緯、研究材料としての利用実態、外部機関への持ち出しの実態、持ち 出された標本の存在の可否について、調査・検証を行うことです。そのために、入所者(退所者を含む)、退職者を含む療養所職員および関連する大学・研究機 関の関係者すべてを対象に聞き取り調査を行うなど、あらゆる手段を尽くすべきです。「各施設ごとの病理標本等管理規定の整備」を行うことで、現存する標本 を"適正に処分"することだけを急ぐべきでは決してないと考えます。病理標本等管理規定よりもまず実態調査を優先すべきです。

 検証会議報告書においても病理標本について数が確定しないまま報告がされています。報告書本文においては2000体と記載されているにもかかわらず、添 付資料では1398体となっており、国・厚労省として、上記、胎児標本と同じく、こうした数の正確な数値を含め、事件の全体像をきちんと把握するため、調 査を行い、明らかになった事実を文書にして公開することを求めます。


3 厚労省のいう「司法検死になじまない」について

  『全療協ニュース』第911号によると、国立病院課長は「警察庁あるいは法務省等々」から胎児標本は「司法検死になじまないという見解をいただいておりま す」と発言しています。しかしながら、胎児標本を作った責任主体である厚生労働省がこのような発言を行っても信頼性を欠きます。
  実際、この問題に関し、河野太郎法務副大臣は、2006(平成18)年6月5日の参院行政監視委員会で吉川春子議員の質問に答えて、「現行の刑事訴訟法二 百二十九条第一項は、変死の疑いがある死体があるときには、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は検視をしなければならないというふうに 定めております。検視を行うべきかどうかは個別具体的な判断になりますが、一般論として申し上げれば、胎児を早産させた後死亡させるような場合には、その ような行為が許容される法規定に該当しない限り、先ほどの例外に該当しない限り変死体として検視が行われる場合が少なくない、つまり、そういうことなんだ ろうと。仮に通報がなされれば、検視がなされるというふうに思っております。」と述べています。
 この副大臣答弁は、国立病院課長の伝える「司法検死になじまない」との見解とは正反対の見解であり、どのようにつながるのか、理解に苦しみます。厚生労働省は、警察庁・法務省からどのような見解をもらっているのか、文書で示して下さい。
  なお、普通一般に、原因不明の胎児死体が発見された場合、その死体が存在する以上、検死の対象となりうるはずです。にもかかわらず、ハンセン病療養所での 場合、原因追求がなされず、その理由も示されないということには納得ができません。また、もしそれが医療行為の範囲内で違法性阻却の対象とされるのは、そ の事態を証明するそれ相応の診療録・手術記録等の医療情報がそれに伴って残されている場合のみであるはずです。したがって、その医療情報が存在する場合に は、それを保存・公表しなければならず、その公表を求めます。また、それが存在しない場合には、検死を行いその検死報告書を公表しなければならないはずで す。


4 厚労省のいう「時効」について

  また、同ニュースによると国立病院課長は「本件は110数体のうち約半数の年代が分かっており、いちばん新しいので昭和31年という検証会議の報告があり ますが、古いものでは大正時代、80年以上前ということでして、時効が成立した事案ばかりであり、事件として立件できる見込みがあるものは皆無であるとい うことです」と発言したと報じられています。
  しかしながら、らい予防法が廃止されたのは1996年4月ですから、殺人の時効に達していないものもある可能性があります。そもそも、その胎児が、いつど のような形で死亡したのかという診療録等の医療情報が存在しない限り、死亡の時期を推定することは出来ないはずです。にもかかわらず、調査や検死を行うこ となく「事件として立件できる見込みがないものを司法解剖することは妥当でなく、仮に解剖したとしても、犯罪死の有無を判断することは困難と考える、とい う見解をいただいています」と国立病院課長は発言しています。
 すなわち、国立病院課長の発言は、警察庁や法務省は調査することなく結論を出しているという、到底理解しがたい内容であり、警察庁や法務省の見解を正しく伝えているのか、甚だ疑問です。   
 この点に関しても、警察庁・法務省から実際はどのような見解をもらっているのか、文書で示して下さい。
  ちなみに、仮に法的に時効が成立していると判明している場合であったとしても、こうした組織的犯罪的行為を二度と起こさないためには、しっかりと真相究明 を行い、その結果のすべてを国・厚生労働省と日本の医学界が、過去に行った負の遺産として、きちんと後世に伝え続ける義務があります。たとえ法的に時効が 成立したとしても、非人道的犯罪に対する倫理道徳的反省に時効はありません。


                                    以上

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